幽霊に取り憑かれた花子

統合失調症患者の妄想と現実

未来はきっときっと良いはず。詩「ダイジョウブ、何デモデキルヨ」。幽霊さん再び。

 こんにちは。花子です。

 最近毎日いい感じです。筋トレを始めました。なかやまきんに君の動画を参考にして、自己流で全身の筋トレをしています。体重は少し増えて、痩せるのにはまだまだですが、頑張って続けていきたいと思います。

 今よりまだ全然良くなってなかった頃、「きっと今が一番いいんだと思う」なんて思ったりしていましたが、全くそんなことありませんでした。あの時より今はすごくいいし、たぶん未来は今よりもっといいと思うのです。今が不幸なわけではありません。でも全く不幸がないわけでもないのです。やっぱり幽霊さんがいたら気持ち悪いし、体の異常は不快です。これさえなくなれば私は楽しいだけの毎日を生きられるはずなのに、幽霊さんがいるから、私はちょっとだけ不幸なのです。私の中の不幸はいつになったらなくなるのだろう、そんなことを思って毎日を過ごしています。

 今まで私は大して何も経験してないし、苦労もそんなにしてない、本当に何もないだけの、ただのニートだ、と思っていましたが、そんなこともないようです。ただのニートであることに変わりはないのですが、これまで自分の中で様々な変化があり、それを経験と言えるのなら、私はたくさん経験を積んだと言えるでしょう。苦労は人に自慢できるほどの出来事があったわけではないので、してない方だと思っていたのですが、苦しいことはたくさん経験してきたし、それを苦労と言えるなら、私は今まで苦労して生きてきました。これまでの経験から、これまで考えたことから、これから生きていくのに活かせることがあれば、それをして生きていきたいのですが、そんな道なかなかありません。せめてこうやってブログに書くことで、誰かの役に立てたらなぁ、なんて思うばかりです。

 未来はきっといいことが待っている、そう思って、毎日楽しく過ごしています。人から聞いた話ですが、鏡に向かって「この先想像もできないようないいことが待っている」と言えばいいそうです。私はそれは実践していませんが、何となく未来を想像する時、きっと今よりいい自分になれているはず、というようなことを考えています。

 私は手相をよく見ます。それによると今は苦しいかもしれないが、この先10年間ほどはきっと何事もなく、平穏無事な毎日が送れるはずなのです。幽霊さんももうすぐいなくなるはずなのです。私の望みはそんなに現実離れしているわけでもないのに、どうして叶わないのでしょう。せめて本当に幽霊さんさえいなくなってくれたら、もうそれ以上は望みません。なんて父母が健康で長生きしてくれることの方が大きな願いなのですが。

 これからも何事もなく、楽しいだけの毎日を送れるようにと心の底から願っています。いつかやってくる大きな別れまで、その人達との人生を充実したものにできるように努力します。早く幽霊さんにいなくなってほしいなぁ。

 

 それでは詩です。

「ダイジョウブ、何デモデキルヨ」

勇気を出して、一歩進んでみよう、と思って外に出た

ダイジョウブ、何デモデキルヨ、と自分を励ました

家にいる時には自分に何ができるのかと不安だった

でも外に出てみると何でもできるような気がした

人と話したり、関わったりすることが簡単にできる気がしたのだ

アルバイトだって、やればできると思った

本当は何もできなかったのに

 

私だって本気を出せば何でもできるような気がした

練習すれば、ちょっと人より時間がかかるだけで、私にもできるのだと思っていた

私もああいう人達と同じ、いや、それ以下だ

 

人生はいつでも本番だ

人生の練習をすることはできない

それでも時は過ぎていく

うまく生きるなんて、そうできるものではない

でも私はより良い生き方をしたい

それがどんなものか、はっきりと分かるわけではないが

 

私は努力した

何も考えずに体が勝手に動くようになるためには努力が必要だと思ったのだ

だから私は努力しようと思った

それがどんなことか、はっきり分かったわけではないが

 

あの時から私は変わった

現実を直視できるようになったと思う

ありのままの自分を受け入れられるようになった気がする

私はこんなもんだ

できないことは多い

それでも私は生きてられてる

 

自分に見合った目標が分からなかったが、今では私に見合う目標ができた

少しでもみんなに近づけるように頑張りたい

私だって働きたいと思わないわけでもないんだ

働きたいけど、今の私には無理だ

でもこれからの自分はどうか分からない

私にだって、この社会でできることがあるはずなんだ

 

いつだってみんなと同じになりたかった

今だってみんなと同じように、学校に行ってた時のように、この社会での居場所がほしいのだ

胸を張って生きたいのだ

 

今が一生続けば、そんな良いこと他にはないけど、実際は違う

みんな変わっていくのだ

ほんの少しでいい、私も変わりたい

今とは違う人の中で生きるのだ

そういう人達と一緒に、これまで良い人生だったと、称え合えるようになりたい

そうやって自分の人生締め括りたいと思う

 詩はここまでです。

 

 さて、いつものです。

 私はこの時はまだ今みたいに働くことをあきらめて、母と買い物や散歩に行くだけの毎日を過ごせるなんて夢にも思わないで、絶対にいつかは働かねばならないのだと思っていました。母と仲良くすることができず、ひとりで寂しい思いをしていました。

 ある時、あの誰かが私の中に入ってきていた時のような楽しさをもう一度味わえないかと思って、横になりながら、枕元を指でトントンと叩き、

「入って来て」

と心の中で言いました。すると不思議なことにまた誰かが入ってきたような気がしました。体が性行為をしているような体勢になり、性的に気持ち良くなって、腰が勝手に動きました。

 最初は幽霊が入ってきたとは思いませんでした。でも前みたいにの子さん達が入ってきたとも思いませんでした。割とはやくにこれは幽霊なのだと思うようになりました。この時も私の中に入っていた人は私の言うことに首を振ることで応えていたので、

「幽霊ですか?」

と訊くと、幽霊はうなずいていたと思います。

 なんとなく私の中や周りに3人の人がいるような気がしていました。AとBとCと呼んでいました。これは前にいろんな人がいると思っていた時の名残のようなもので、いきなりあの出来事のすべてがひとりの人のやっていたことなのだとは思えなかったのです。でも3人も人がいるようには思えなくなってきて、私の中にはひとりしかいないと思うようになりました。

 AとBとCと区別していた時、私は私の中にいる人に

「あの時私の首を絞めていたのは誰?」

と訊きました。すると幽霊は私の口を使って

「A」

と声を出さずに言いました。この時私は幽霊をB、それ以外の人をA、Cと区別していました。だから幽霊が自分のしたことを棚に上げて、罪をAという存在しない存在になすりつけていたのです。

 でもこの時はまだ幽霊が入ってきてはいても、楽しいだけでした。幽霊の存在を秘密にしていたからです。体が気持ち良くなっていたので、1日のほとんどの時間を幽霊と過ごしていました。

 今日はここまでです。

 

 最近の幽霊さんはまた足の震えが復活してきています。でもそれももうすぐなくなると思います。早くいなくなって、薬を減らしたいです。先生はまだせっかく良くなってるのに、今また悪くなったらもったいない、とか言って、全然減らしてくれません。幽霊さんがいなくなるまで、きっと今のままでしょう。仕方ありません。