幽霊に取り憑かれた花子

統合失調症患者の妄想と現実

幽霊じゃない、自分の中のどん底。家族にの子さん達のことを明かす。

 こんにちは。花子です。

 

 私は自分の中でのどん底を見てきたような気がします。幽霊さんのことではありません。幽霊さんが入ってくる前のあの2年間に私はどん底を経験したのです。側から見れば私はどん底にいるようには見えなかったでしょう。でも私は自らひとり知らないうちに底へと下りていった時があったのです。

 涙が止まらないこともありました。泣き叫ばずにはいられないこともありました。イライラして、体調も良くありませんでした。便秘も治らないし、起きられないし、何もできない時期が続きました。どうしたら治るのか分からずに、自分の中を整理しようとして、ノートに思いを書きまくっていました。そのノートは今でも大事にとってあります。

 夜に寝るのに起きるのは昼頃、そうなったら夜になっても寝つきにくく、深夜に寝てやっぱり昼に起きる、そんな生活をしていました。そしてとうとう昼夜逆転です。そんな生活をしていたら、父に注意されかけましたが、私が泣いて今はこれで精一杯なのだと訴えると、あまり何も言われませんでした。母が来てくれて泣いてる私を慰めてくれたのです。両親は私は大丈夫なのだと分かってくれていると思っていたのですが、この時違うのだと知りました。

 私だって父のように朝起きて夜寝るという生活が何の苦もなくできるのなら、とっくにやっていました。でもなぜかできなくなっていたのです。いくらでも寝られました。と言うより起きられませんでした。兄が

「花ちゃんが死んでるんじゃないかって、一瞬心配になったよ」

と言っていました。それくらいよく寝ていました。

 夜は寝られなくて、本を読んでいたこともありました。ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」です。この時は夢中になって読みました。あの時のことは今でもよく覚えています。そしてバナナチップやナッツやパンなどを食べる習慣がついてしまい、なかなかやめられませんでした。この頃ちょっと過食気味になっていました。この頃つらくはあったのですが、ひとりの時間を楽しんでいるようなところもありました。でも今から思えば誰かと関わることの楽しさを忘れていた時期だったと言えるでしょう。

 私はひとりでいたい人間なのだと思っていました。学校でもひとりでいることが多かったのです。でも本当は誰かと関わって楽しみたいと思っていたのでした。今は家族とも仲が良いし、デイケアでも人と仲良く話したりしています。私はかつてなりたいと思っていた自分になれてるんじゃないでしょうか。もうそんなにイライラしません。心穏やかに毎日を過ごせています。これからも私は自分のなりたい自分になれるように生きていくつもりです。

 

 さて、いつものです。

 とうとう家族に幽霊のことを明かすことになります。と言ってもこの時は幽霊だとは思いもよらず、選挙から帰ってきた両親にただ

「しんどい」

と言いました。すると2人は

「そうか、しんどいのか」

と、やっと言い出してくれたかという感じで言いました。

 それから私の周りには色んな人がいるのだと説明しました。それを2人はそうか、そうかと聞いてくれました。そんなことはあるはずがないなどとは一切言いませんでした。

 私のパソコンがハッキングされていると証明したくて、私の使っていたパソコンと母が使っていたパソコンを2つ並べて、神聖かまってちゃんのライブ日程を見ました。母のパソコンには終了の文字があったのに、私のにはありませんでした。

「確かに違うな」

と父は言っていました。それはただ私がページの更新をしていなかっただけなのですが、この時はそれがハッキングの証拠だと思っていました。

 ハッキングは実際に会えた時にやめてくれるのだとよしのさんあたりが言っていた気がしていました。だから

「ハッキングはちゃんとやめてくれるって」

と言いました。父は何か言っていましたが、もう忘れてしまいました。

 今度は母に神聖かまってちゃんの動画を見せました。すると兄が

「聴いてるの?」

と言ってきました。この時私はの子さんの曲にはどんな意味があるかとか、すごく大事なことを見せようとしているのであって、ただ聴いているのではないんだと思っていました。少し兄に反発心を抱きました。

 母に感想を求めました。

「どう思う?」

と訊きました。母は

「かわいいと思う」

とか言っていたと思います。とにかく私の求めるものーそれが何だったかは分かりませんがーとは違っていたような気がします。

 今日はここまでです。

 

 最近の幽霊さんは特に変わらずです。いつも通りガクガクと震えがあります。いつもと同じすぎて、特に書くことがありません。診察でも特に言うことがないので、診察は5分ぐらいで終わっています。いなくなれば報告します、って言う感じで、診察を幽霊さんがいなくなるまで中断したい、って言うくらい幽霊さんはいなくなりません。幽霊さんさえいなくなればもっと楽に生きられるんでしょうけどねぇ。まあ、「覚悟」です。

あの人は浅い、などという勘違い。K君は悪くないと証明しないと、、、。

 こんにちは。花子です。

 

 ある人がこんなことを言っていました。

「この前YouTubeを見ていたら、尾崎豊がたまたま出てきて、聴いてみたけど、浅いね。働いたことのないやつには深みのある歌詞は書けないよ。本当に尾崎豊は浅いね」

 それじゃあその人が深いのかと言うと、私は深くないと思います。聴いてる音楽だって、流行りのたいして深くない歌詞のものばかりです。それなら尾崎豊の方がよっぽど深いと思うのですが。

 それにその人に尾崎豊よりも深い歌詞が書けるのかって言うと、書けません。何にも書けないのに、見下しているのです。自分が人より大変な思いをしてきて、人よりも経験があるから、普通の人やそれ以上の人でも、自分より低いのだと思い込んでいるのです。その人はたいしてすごくありません。だってその人と同じような経験をしている人は、この世にたくさんいるのですから。

 勘違いすることは誰にだってあることだと思います。世間を知らないから、自分と少しの人の狭い世界の中で、自分は人にできないような経験をしてきた、だからみんな自分より低いところにいて、浅いんだ、なんて思い込んだりするのです。

 自分を見極められている人はこの世にどれくらいいるのでしょう?自分の経験が大したことないなんて思える人は本当にいるのでしょうか?自分が狭い世界にしか生きてないと知ったら、自分の小ささに気づくことができるでしょう。自分はそんなに大きくありません。私も自分の大きさがはっきりと分かっているわけではありませんが。

 どんな人でもそんなに大きさは変わらないはずなのに、人がつけた価値観で、すごく大きく見える人や、すごく小さく見える人がいるような気がします。私は小さい方だと思います。だって私にできていることと言えば、洗濯と料理とデイケアに行くことぐらいだからです。でも私が認められて、多くの人が私を知ることになれば、人から見た私は多分大きくなるでしょう。実際はたいして変わらないのに。

 私は変わりません。どんなことがあっても。勘違いはきっとしないでしょう。それが私だからです。この世界は自分が思うよりずっと広いのだと自分に言い聞かせて生きています。狭いところしか見えてない目を広いところから見るように意識しています。物事を様々な角度から見るようにしているのです。と言いつつ私に人の批判ができるかというと、できないものだと思います。

 でもさっき言ったあの人のことは、どうしても低く見てしまうのです。だってあまりにも勘違いがひどいからです。自分がすごいと思う人ほどすごくない人はいません。その人は教祖になりたいなんて言うのです。信者なんてひとりも集められないくせに。

 とにかく私は驕らずにこれからを生きていきたいのです。私はちっともすごくありません。私を、そのままの私を見届けられるのは私だけなのです。だから自分を大切にして、等身大の私で生きていきます。

 

 さて、いつものです。

 なぜか陰部や乳首を刃物で切られるという想像が浮かんできました。私はそれはK君がそういう想像をしているから、それが私の頭の中に入ってきて、私がK君に痛めつけられているのだと思っていました。

 それから私はこう思うようになります。それはK君が自分は悪くないのだとNさんに証明しなければならないと思っていると思ったのです。

 前にも書いた通り、K君とNさんは付き合っていると思っていました。現実の世界では2人とも何事もないかのように振る舞っているのだと思っていました。しかしこちらの世界、つまり実体のない魂のような存在ではK君はものすごく悪い人になっていました。現実では良い人、でも本質は極悪人というのはK君にとって駄目なことなのだと思いました。

 こちら側のK君を良い人にしないといけないと思うようになりました。Nさんの中にあるK君の悪いイメージを無くさないといけないと思ったのです。

 私はK君が悪くないのだと証明するために、大きなスケッチブックに私の頭の中に浮かんできたことを書いたりしていました。K君が悪いのではなく、私がK君を悪者にしてしまったのだ、だから悪いのは私だという風に思おうとしました。

 でも幽霊のいやがらせを思うと明らかに悪いのは私ではありません。それでもNさんにK君が悪くないということを証明できないとこのいやがらせはなくならないのだと思っていました。とにかくこの苦痛から逃れたい、その一心でした。

 今日はここまでです。

 

 最近の幽霊さんは相変わらずです。だから診察でもたいして言うことがありません。日常生活のことを言って、それで終わりです。毎日ガクガクはあるし、震えだってなくなりません。それでも毎日楽しく生きられるように努力しています。デイケアの書き初めで「覚悟」と書きました。幽霊さんがこの先いなくならなかったとしても、その覚悟を持って生きれば、少しは楽に生きられるんじゃないか、と思ったのです。病気は一生付き合っていく、その「覚悟」で生きていこうと思います。

時間よ、止まれ!!川が凍っている。瞑想で楽になりたいのに、、、。

 こんにちは。花子です。

 

 時が止まればいいのに、なんて思ったことはありませんか?私はこの前、もうすぐ料理をしなければならない、となった時にそう思いました。時間が止まって、何もせずにぼーっとしてるだけでいられたらいいのにと思ったのです。そんなことを望むより、元気になって、料理を頑張れるようになることを望む方がいいとは思うのですが、それがなかなか難しく、いつものことですが、もう何もしたくないなんて思ってしまいました。

 元気になったり、やる気が出なかったり、また元気になったり、また何もしたくなくなったり、そんな繰り返しです。今はまだこんな感じでも生きられていますが、この先両親がいなくなったら、その時私は生きていけるのでしょうか?生きるしかないけど、生きるのが嫌になりそうです。父や母のいない人生なんて、なんてつまらないんでしょう。もしそうなったら、毎日のようにデイケアに行くことになるのでしょうか?でも父と母の代わりになる人はきっとこの世にはいません。だから今を大事に生きるしか、今の私にできることはありません。

 最近寒いですね。川が凍っていました。だから母と2人で川に小石を投げたりしていました。すると小石がカンカラカンカンカンと氷の上を滑っていきました。大きな石を思いっきり投げ入れると、ボチャッと音がして、氷が割れました。魚がいっぱいいたのですが、ほとんど身動きが取れないようで、集団で固まっていました。氷漬けになって死んだ魚もいました。母曰く、魚が死ぬときは腹を上にして浮かんでいるらしく、そんな魚を一匹だけ見かけました。あの魚たちが今後どうなるか、心配です。死なないで生き延びられたらいいのですが。

 昨日川辺の道を歩いていたら、小学生が2人いて、一緒に歩いていた母に

「こんにちは。こんな石を見つけたので、あげます」

と言って、母にガラスの破片を渡してきました。母は

「これがもし水晶で、1000万円だったらどうするー?」

とふざけて言ったのですが、見事に無視されてしまいました。とにかくその石は一旦家に持って帰って、父にどうしたらいいか訊くことにしました。父に訊くと

「とりあえず2、3日置いといたらいいんじゃないか」

と言うので、今玄関に置いてあります。なんで母に声をかけたのでしょう?一目惚れ?なんてふざけて言ったりしていました。

 とにかく今は寒いです。風邪をひいたりしないように気をつけないといけません。それが風邪じゃなかったら大変なことになりますから。昨日から生姜紅茶や生姜レモン湯などを飲むようにしようと母と決めました。体を温めて、免疫力を高めよう、という目論見です。ちょっと最近便秘気味なので、生姜で腸内環境を良くしようとも思っています。皆さん体調管理に気をつけて、毎日を過ごしましょう。

 

 さて、いつものです。

 なぜかNさんは私に嫉妬しているのだと思ったこともありました。K君と気持ち良いことしてたのが気に食わないと思っているのだと思ったのです。だからその気持ちを私にぶつけていいよというつもりで、Nさんが私に

「死ね死ね死ね死ね」

と言っている想像をしました。それをNさんが言っているのだと本気で思っていました。Nさんの思いを感じ取れるのだと思っていたのです。それでNさんの気が済むのならと思っていました。

 こんなこともしていました。私は前に体調が悪かった時、瞑想をよくしていました。そうしたら気分がいくらかマシになったのです。私は藁にもすがる思いで瞑想しようとしました。

 この時なぜか目を閉じた状態で焦点を変えるということをしていました。K君があまりに悪さをしてくると思っていたので、K君を混乱させることでK君に仕返ししているつもりになっていました。

 そこで幽霊がおとなしくしているはずがありません。何かしらのいやがらせをしてきました。全身をこわばらせるというか、ガクガク震わされるというか、口では説明し難いことを私にしてきたのです。どうしたらいやがらせがなくなるのか分かりませんでした。

 短いですが、今日はここまでです。

 

 最近の幽霊さんはまたちょっと足の震えが復活してきています。全身のガクガクは言うまでもなく、毎日あります。いつになったらいなくなるのでしょうか?主治医の先生はいつか必ずいなくなると言うのですが、本当にいなくなるのでしょうか?一生病気を抱えて生きている人はいっぱいいます。私もその1人なんじゃないかと不安になることがあります。いつか本当に楽になれる日が来るのでしょうか?来ると信じて生きていきたいです。

今年の目標は、、、?詩「傷」。

 あけましておめでとうございます。花子です。

 

 今年も無事にお正月を迎えることができました。昨年はこのブログを読んでいただきありがとうございました。今年もない脳みそを振り絞って書いていこうと思うので、よろしくお願いします。

 昨年の大晦日は一昨年と同じく、お蕎麦で締め括りました。出汁を取ってつゆを作り、乾麺の信州蕎麦(母の実家から送られて来たもの)を茹でて、つゆにしめじと卵を入れて、片栗粉を入れてあんかけにして、蕎麦にかけて食べました。それに栄養のことを考えて、ブロッコリーのおひたしと焼いたウインナーを添えました。今年も料理を頑張っていけたらと思っています。

 昨年はいつの頃からか、料理と後片付けとお風呂に入って全身を洗う、この三つが目標になっていました。なかなか目標達成は難しく、料理ができない日もあれば、後片付けを父に頼む日もあり、またお風呂に入る前に寝てしまうこともあって、お風呂に入れても浸かるだけにしようと思ったこともありました。料理はできない時はどうしようもないですが、後片付けは少し休めばできるようになる時もあるし、お風呂は入る前に布団に入るのをやめるようにしたらいいのです。簡単に言いますが、実践はなかなか難しいものです。でも頑張って目標を達成できるようにしたいです。

 それと今年は新たに目標を増やそうと思います。上記の三つですらできていないのに、新たに増やすのは無謀なことかもしれませんが、今年は頑張りたいことがあるのです。それはストレッチです。できれば毎日寝る前にストレッチをしたいのです。ただ昨日も一昨日もやろうとしたのですが、ちょっとだけやって、すぐに眠たくなってやめてしまいました。でもそれでもいいから、ちょっとでもストレッチをやってから寝たいのです。私は体がちょっと歪んでいるので、ストレッチをして直していきたいです。昨年もストレッチはやっていました。でもだんだんやらなくなって、最近はほとんどやっていませんでした。今年から歯を磨くように、寝る前にはストレッチという習慣をつけていきたいと思っています。

 今年の正月は2日にお墓参りに行って、それ以外はゆっくりしていました。2日はお墓参りに行った後、お寿司屋さんで蒸し寿司を食べました。初めて食べたのですが、お米がもちもちしてて、うまく言えませんが、とてもおいしかったです。父は一回は食べさせてやりたかったと思っていたそうです。小吸い物も100円でつけられて、それもとてもおいしかったです。高い店なのに2日に一回来てるというおばあさんがいて、びっくりしました。でもそれぐらいおいしいお店なのです。食後のほうじ茶まで出してくれて、やっぱり違うなぁと思いました。

 今年一年どうなるか分かりませんが、笑って過ごせるように努力したいです。ブログも頑張ります。応援よろしくお願いします。

 

 今日は第一月曜なので、詩を書きたいと思います。

「傷」

そんなに自分を責めるな

そんなに傷ついているのに、まだ自分を鞭打とうとしているのか?

本当は見えているんだろう、自分の体にある無数の傷が

どうして見えないふりをするんだ?

動けないと分かっているのに、どうしてそんなに自分を責めてしまうんだ?

そうやって自分を追い込んで何になる?

本当は休息が必要なんじゃないのか?

 

体中の傷は周りの人には見えなくても、自分には見えているんだろう?

どうして傷の手当てをしようとしないんだ?

見て見ぬふりするなよ

隠したってあるんだよ、自分自身でつけてしまった無数の傷が

 

どうして自分の気持ちを他の人の言葉で覆い隠してしまうのか

そんなことをしたって、自分の思いは消えないのに

自分の気持ちは本当は見て欲しがっているんだ

他の人の思いで覆い隠されてしまって、苦しい思いをしているんだ

だからその覆いを取り去って、そのままの自分を見てあげよう

 

つらいと言えなくても、苦しいと言えなくても、自分にだけは嘘をつかないで

つらい気持ちを、苦しい気持ちを大切にしてあげよう

頑張れない時は頑張れなくていいじゃないか

転んでしまった時は起き上がれるようになるまで寝てたらいい

時間がかかることだってあるんだよ

でも自分を労る気持ちがあれば、また起き上がれるし、傷の手当てだってできる

 

どうしてそんなに自分に厳しくしてしまうんだ?

自分が自分のせいで苦しんでいることが分かっているのに、どうしてそこで労ってあげないんだ?

自分を労るのは自分にしかできないんだよ

だって自分がつけてしまった傷なんだもの

きっかけは他にあったかもしれないけど、いつまでも苦しがっているのは自分のせいなんだよ

記憶を解き放とう

過去を許すことができたら、たぶん少しは楽になるよ

自分の傷は自分で治すんだ

そうしたらいつかまだ見ぬ自分に出会えるかもしれない

 今日はここまでです。

 

 最近の幽霊さんはちょっとだけ目にくることがありました。目にくるというのは、目玉を勝手に動かされそうになる、ということです。目玉を動かされることもあれば、何となく目玉を乗っ取られそうになる気がする、という感じがあったりします。でもそれもひどくならないうちに治りました。あとは全身のガクガクや手足の震えが残っています。でもそれも焦らなくていいかなという心境になりました。30歳ぐらいまでになくなってくれれば、それでいいのです。なくならなくても、その時はまたその時に考えればいいことです。とにかく私は毎日今の自分にできることを淡々とやるのみです。

一年の振り返り。の子さん達とK君達の間にいるということ。

 こんにちは。花子です。

 

 さて、もうすぐ一年が終わろうとしています。このブログも今回で今年最後となります。だからちょっと一年の振り返りでもしてみようかと思います。

 今年はイベントごとがほとんど中止で、書くことに苦労した一年でした。近くの公園でパン祭りなどがあったのに、今年は中止で、お茶のお祭りもウェブ開催となり、500円で観られていた映画も全くありませんでした。でもなんとか書くことを絞り出して書いていました。これから先書き続けられるか、ちょっと心配ですが、頑張ってみます。

 今年は無駄遣いや食べ過ぎに気がついて、それを改善しようとすることができた年でした。サンマルクカフェのモーニングに行っていたのですが、朝に起きられなくなって、終日モーニングをやっている、ホリーズカフェに行くようになりました。そこで毎日母と私の分、780円を朝ご飯兼昼ご飯に費やしていました。もったいないとは思いつつ、なんとなく毎日の習慣は変えられず、だらだらとモーニングを食べ続けました。

 でもある朝、早く起きて、お腹が空いていたので、ホットケーキを作ってみました。するとそれだけで満足できて、その日はモーニングに行きませんでした。それから、日曜日に新たに発見したカフェでオープンサンドを食べたことをきっかけに、家でもできるんじゃないかと思って、母とおうちモーニングを食べるようになりました。最初のうちはたまごサラダを手作りしてみたり、クリームチーズと生ハムを乗せてみたりと、工夫していたのですが、めんどくさくなり、上にジャムやクリームを塗るだけに落ち着きました。今も家で4枚切りの食パンを一人一枚トーストして、それを半分に切り、片方にミルククリーム、もう片方にピーナッツクリームを塗って、ほぼ毎日食べています。

 日曜日の昼は毎週外食なのですが、今年の初めの方は、家族4人で北海道料理屋によく行きました。でもお店が開けられないという事態に陥って、父と母と3人でお弁当やパンを買って公園で食べることもありました。なかなか安心して外に出られなかった日が続きましたが、なんだかんだで、毎日夕食の買い物はしていました。マスクをするのが当たり前になって、消毒液は至る所に置いてあるし、デイケアでも手洗い・消毒は必須です。これからの新しい生活様式に順応していかなければならなくなりました。

 最近の日曜日はハワイアンな感じのカフェで、週替わりランチを食べています。主菜、副菜、サラダ、スープ、十八穀米、コーヒー、ミニケーキで980円です。千円きってます。それがすごくおいしいし、週替わりなので、毎週違うものが食べられます。まだ同じものには出会ったことがありません。これからも飽きるまで行き続けると思います。

 今年は一回お休みをしましたが、また来年もこのブログを書いていきたいと思うので、どうぞよろしくお願いします。良いお年を。

 

 さて、いつものです。

 この頃K君は私の布団の足元あたりにいると思っていました。実体のない魂のようなものが私の近くに来ているのだと思っていたのです。K君がいると思っていたところを見ると、よく顔がイーッと歪みました。それはK君が私のことを良く思ってない証拠だと思っていました。私はその腹いせのような感じで、部屋から出る時はそのK君がいると思っていたあたりを睨みつけて、

「そこでおとなしく待ってろ」

とか頭の中で言ったりしていました。

 K君のことはある時からずっと敵対視していました。でもあまりにいやがらせがひどいので、仲直りしようと思いました。今から思うことですが、どうして気づかなかったのでしょう、敵対視していたら余計にいやがらせがひどくなりそうなことに。でもこの時は全く冷静に考えられない状態にありました。

 この時私は世界を見られる側と見る側とその間の3つに分けて考えていました。見られる側というのは芸能人や作家など、いわゆる有名人です。見る側というのはいわゆる一般人です。その間というのは私のことです。私はいつか見られる側に行くが、今はまだ見る側だという風に思っていました。

 部屋の中での子さん達がいると思っていたところとK君とNさんがいると思っていたところの間に座り、何かしら考えていました。何を考えていたか分かりませんが、大事なことは“間にいる”ということでした。見られる側と見る側の間にいるのだと私の周りにいると思っていた人達に示したかったのだと思います。の子さん達とK君達をつなぐ役目をしたかったのです。

 それまではK君を避けようとしていました。近づいてきたらどうするか考え、私は逃げるだろうと思っていました。家でひとりの時に実際どうするかをやってみたことがあります。その時は近づいてきたと想定して、家の中で本当に走って逃げていました。そういうのもあってK君は私にいやがらせをしてくるのだと思っていました。

 私の周りにいる魂のようなものだけになった時のK君は、の子さん達に憧れているのだと思っていました。だから実際に私が芸能人になってK君が芸能界に入れるようにしようとかではなく、私の周りの魂だけの世界でK君がの子さん達に近づけるようにしようとしていたのかもしれません。間に入って何がしたかったかというと、あまり深くは考えていませんでしたが、おおよそそういうことだったのでしょう。

 今日はここまでです。

 

 最近の幽霊さんは泣くほど全身をガクガク震わせてきます。実際に泣きました。紙に書かないといけないことがあったのに、震えのせいで書けませんでした。別に急ぐものではなかったので、問題はありませんでしたが。デイケアでちょっと疲れた時、それに便乗して、幽霊さんは私をしんどくならせてきました。そんなに長時間は続かなかったので、まあ大丈夫だったのですが。とにかく「早くいなくなれ!!」ただそれだけです。

私達はどこから来たのか。壮平さんが味方じゃなくなって、真っ暗な中、妄想と戯れる。

 こんにちは。花子です。

 

 この前家族で話していた時、私達(私と兄)が産まれた時、父はどう思ったか、という話になりました。父は「この子はどこから来たんだろうって思った」と言いました。私達が「お母さんのお腹でしょ」と言うと、父は「そういう物質的な話じゃないんだ」と言いました。もっと魂レベルでの話だったようです。その時は最終的に母が言った「無から来たんだ」という結果に落ち着きましたが、私達人間はどこから来たのか、私はそれを考えるようになりました。

 私達はどこから来たのでしょう?私はどうしてこんなことを考えるのでしょう?そしてそれに一体どういう意味があるのでしょう?私はどうしたら私が生きた痕跡をこの世に残せるのでしょうか?私がこの先ずっと生き続けるにはどうしたらいいのでしょうか?別に有名になりたい、とかではないと思うのですが、私が生きる意味をこの世のどこかに見出したい、この世の誰かの中に見出したい、と思うのです。ただなんとなく、パッと出てシュッと消える、そんな存在になりたくないと思っています。

 私の人生失敗したくありません。もうだいぶ失敗はしてきましたが、その経験を活かして、この先同じ失敗はもう二度としたくありません。同じ人生は二度は生きられません。私達はどこからかやって来て、どこかに消えてしまうのです。たった一度しかないこの人生を私はどう生きたらいいのでしょうか?この人生完成させるのに、今の私にできることは一体何なんでしょうか?

 私が生きる意味、それが見出せたら、それは「悟った」ということになるのでしょうか?別に悟りを開きたいわけでもないですが、今よりもっと何かを知っている自分になりたいのです。今はまだ知らない何かをハッと閃きたいです。そしてそれを自分以外の誰かと共有したいと思っています。私は私の中に自分の生きてる意味を見出したい、まずはそこからです。そして自分以外の人の中にも私の生きてる意味を見出せたらと思います。

 後日談ですが、家族で話した日から何日か経って、私はまた父に「私はどこから来たと思う?」と訊きました。すると父は「お母ちゃんのお腹だ」と言いました。「そんな物質的な話とは違うんじゃないの?」と私が訊くと、「それは初めてのこの時だけだ。初めてだから不思議に思ったんだ」と父は言いました。

 人って、生き物って、不思議ですよね。ひとりとして同じ人間はいません。みんなどこからかやって来て、どこかに消えてしまいます。みんなそうなのです。どこから来てどこに行くのか、それを知ってる人はいないでしょう。だからこそ考えるのです。そして自分を納得させて死んでいくのです。真実は誰にも分かることがないまま、この世界もいつかは終わるのでしょう。残念ながら私はこの世の終わりを知ることはできません。なりたくないとは書きましたが、やっぱり私もみんなと同じ、パッと出てシュッと消える、そんなものだと思います。自分は決して時別ではないのです。私はただ自分の満足のいく人生を送れたらと思うだけなのです。

 

 さて、いつものです。

 風呂上がりに、私の正面ちょっと下にいると思っていた壮平さんに、股間を見せるような体勢になってみました。ちょっと前までならそういう卑猥なことをすると、私の顔が幽霊によって笑顔にならされて、それは大介さんあたりが笑っているような気がしていたのですが、この時は違っていました。顔がイーッという感じに歪むのです。あれだけ私の味方をしていた壮平さんが嫌がっているのかなと思って、ちょっと混乱しました。この頃は何かしらすると、幽霊に顔を歪められることが多かったのです。

 こういう幽霊のいやがらせがあると、私はこの頃よくイーッとなって頭を引っ掻いていました。それでいやがらせがなくなるわけではありませんでしたが、やらずにはいられなかったのです。

 ある日の夜、真っ暗な中、ケイタイを手に持ち、K君のアドレスを消しました。繋がりを持たれるのがK君にとっては嫌なことだと思ったのでしょうか。なぜこんなことをしたのか、今となっては分かりません。この時は幽霊のいやがらせと戦うことに必死でした。

 そんな中でこんなこともしていました。これも夜です。真っ暗な中、私は友達の結婚式に行った時の服を着て、Nさんとみさこさんに見せようと思いました。靴は行った時とは違うものでしたが、私のお気に入りでした。

 服を着てくるくる回り、Nさんとみさこさんがいると思っていたあたりを見て、頭の中で

「どう?」

と訊いていました。この時Nさんとみさこさんは隣どうしにいると思っていました。本棚のところに2人並んでいるのだと思っていたのです。

「どう?」

と訊くと幽霊は笑っていたと思います。それが2人の答えだと思いました。

 

 最近の幽霊さんはまたちょっと酷いような気がします。寒いからか、体を思いっきりガクガクと震わされるのです。特に朝起きて、しばらくが酷いです。手足の震えもなくなりません。いつになったら楽になれるのでしょうか?もう無理なのでしょうか?でも諦めずに、できるだけ気にしないようにして、毎日を過ごしたいです。

私はこの人生どう生きるべきか。バナナを、、、。大介さんにみかんを食べさせる(妄想)。

 こんにちは。花子です。

 

 自分がどう生きたいか、それを常々考えています。学校に行ってた頃は、「いつでも自分を成長させろ」とか「常にアンテナを張っておけ」とかいう言葉をよく耳にしましたが、学校に行かなくなったら、そんなことどうでもいいのです。正直生きていけたらそれでいい、そう思っています。私みたいな人間は生きていくだけで精一杯なのです。この先死ぬまで生きていくのに、成長は本当に必要でしょうか?常にアンテナを張っていたって、そこから得られた知識を活かす場もないのに、本当に張る必要があるのでしょうか?私はもうこの先学校のような場所には行くことはないと思います。会社などで勤めることは無理だからです。

 学校で言われていることは洗脳であることが多いと思います。テレビで言われていることもそうだと思います。でも日本人に生まれたら、学校に行くことが絶対だし、テレビだってあったらなんとなく見てしまうものだと思います。そこで知らず知らずのうちに洗脳されてしまって、学校にいる偉い先生、テレビで見る偉い人のいう通りに生きるしか道がないように思わされてしまうのです。

 そうです、道がないのです。私はかつて「社会の敷いたレールの上を走りたかった」と別のところに書きましたが、本当にそうです。学校では道がひとつしかないのです。その道を行けなかったら、もう生きる道はありません。引きこもりになるしかないのです。

 人は生まれたらいずれは働かなくてはなりません。お金がないと生きていけないからです。でも現代社会では、働かないと生きられないと分かっていても、それでも働けない人がたくさんいるのです。私もそうでした。働こうとはしましたが、体力的にも精神的にも、うまくいきませんでした。幸い私は精神障害者になったので、年金で暮らせるようになりましたが、病気にならなかったら、どうやって生きているか分かりません。

 昔から将来の夢はありませんでした。何かをしたいと思うことがなかったのです。今でもそれはあまり変わりません。ただ家族との時間を大切にして、毎日を淡々と過ごせたらなぁと思っているだけです。作家になれたらなんて、淡い夢を抱かないわけでもないですが、今の生活を変えてしまうのはちょっと怖いです。それに作家になれるほどの文才はありません。このブログで精一杯です。

 私はどうやって生きたらいいか、それは普段の生活に表れていると思います。今のこの生活が、今の私の生きるべき人生なのです。一年後どうなってるかは分かりません。十年後どうなっているかも分かりません。その時に応じて生き方を変えていくのが、人の生き方だと思います。でも今の私から想像できる未来はだいたい決まっているのですが。それを覆せるだけの出来事が現れることをちょっと期待してたりします。私はまだ若い、だから人生を諦めてしまうことはないのです。自分にちょっと期待して、この先生きていこうと思います。

 

 さて、いつものです。

 まだ幽霊のいやがらせが止む時があった頃、私はこんなこともしていました。何しろ幽霊が私の体を気持ち良くさせるので、私は性的なことばかり考えていました。だから私の周りにいると思っていた人達を楽しませようと思って、バナナを舐めようと思ったのです。

 どうやってかは説明がつきませんが、私の周りにいると思っていた人達には私のことが見えていたというか、私のやっていることが分かるのだと思っていました。だからバナナを陰茎に見立てて舐めていたら、私の周りにいると思っていた人達は喜ぶのだと思いました。

 バナナを舐めていると、遠くの方にいた人も続々と私の近くに集まってくるような気がしました。ただしK君は除いてです。K君には見せないようにしてやっているつもりになっていました。いやがらせをしてくるK君とは一緒に気持ち良くなりたくないと思っていたのです。頭の中でK君に向かって

「悔しいでしょ」

とか言っていました。たぶんこの時はまだ幽霊は笑っていたと思います。

 私の周りにいると思っていた人達というのは、部屋のどこかや私の体のどこかに人がいると思っていたから出て来た言葉です。部屋の隅や布団の足元など、色んなところに人がいました。もちろん目には見えない実体のない魂のようなものとして私の周りにいたのです。

 この時私の右側には内大介さんがいると思っていました。なぜそうしようと思ったかはもう分かりませんが、大介さんにみかんを食べさせるような行動をとっていました。右の耳元にみかんを持っていくと、体が性的に気持ち良くなりました。それで大介さんにみかんを食べさせているつもりになっていたのです。私は大介さんがみかんを食べさせてもらうことを喜んでいるのだと思いました。

 今日はここまでです。

 

 最近の幽霊さんは、朝になると体をガクガク震わせてきます。今日はなぜだか分かりませんが、泣き真似をさせられました。いいかげん出ていけばいいのに。腹が立ちますが、ここで怒っても幽霊さんはいなくなりたいと思わないでしょう。本当に無視するしかないのです。もう本当にいなくなったと思い込むことができたら、いなくなるのでしょうけど、それはできません。十年単位で見ていくしかないようで、あと一年とちょっとで発病から十年なので、その頃にはまた何か変わってるといいなって思います。